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ふらふらと国境を越えるリトアニアを絡めとるようにして誘い込んだのはラトビアだった。 日に焼けない白い肌。 冷え切った手指。 少しこけた頬。 厚い軍服越しにもわかる肋骨がいとおしくてやまない。 「リトアニアさん、大丈夫ですか?」 ふらつくリトアニアを支えてラトビアは微笑む。 答えはない。 「もうすぐうちに着きますからね。寄って行ってくださいね。お砂糖も、ミルクもありますからね」 にこにこ笑って言うけれど、リトアニアはうつろな目を少し揺らすだけ。 ラトビアの家は全体的に質素だけれど、飾り気がないわけではなくむしろこまごまとした気の調度や色鮮やかなクロスやレースで彩られている。 リビングの大きなテーブルには赤とベージュのリネンで織られたマットと、その上に白い花瓶が鎮座していた。 活けられているのは真っ白なすずらん。 重たげな鈴を掲げる花は、赤いマットに良く映える。 「僕、ミルクとお砂糖持ってきますから。リトアニアさんは座っていてくださいね」 やわらかなクッションの置かれた椅子に座らされて、ラトビアはとてとてとリビングから出ていく。 リトアニアは鈴の花とふたりきり、部屋に取り残された。 真っ白なすずらんがたくさん、花瓶に活けられていた。 花瓶いっぱいに、活けられていた。 小さな花がたくさん、細い茎に咲いていた。 細い茎いっぱいに、咲いていた。 抱えた花の重みですずらんはおんなのように腰をしならせて揺れている。 男を誘うおんなのように、腹に子を持つおんなのように。 すずらんと、目が合った。 重たいの。 この鈴はとっても重たいの。 重たいのよ。 ねえあなた、わかります。 重たいの。 すずがとっても重たくて、わたしたち、真っ直ぐ立てないのよ。 頭がくらくらする。 すずらんの匂いで胸がいっぱいになる。 甘い香りが、砂糖の香りが、ミルクの香りが、食べ物の香りが、白い花から、した。 小さなすずをひとつ、もいだ。口に含むと甘かった。 こんどはふたつ、もいだ。もっともっと食べたくなった。 みっつ、よっつ、一度にもいで、いつつ、むっつ、食べたくなって、やっつ、ここのつ、どんどんもいだ。 ここのつ、ここのつ、ここのつ、とお。 ついには茎ごと頭から、おんなのような花を食べる。 すずは甘い。 茎も甘い。 喉が乾いたら花瓶の水を飲む。 活けられていた水もやっぱり甘い。 夢中になって、リトアニアはすずらんの花をむさぼった。 不意に、咽返る。 「だめじゃないですかぁ」 鳩尾が痛い。 耳元でラトビアの声がする。 「っは、がっ、かはっ……」 「だめじゃないですか、リトアニアさん。せっかくご飯を持ってきたのに、花を食べちゃあ」 ことりと、テーブルにミルクとシュガーポットが置かれる。 ラトビアは心底嬉しそうに笑いながら、一度は拳を入れたリトアニアの鳩尾を優しく撫でた。 眩暈がする。 世界が回る。 スウェーデンの険しい顔が見えて、フィンランドの優しい顔が見えて、エストニアの泣き出しそうな顔が見えて、ラトビアの笑顔が見えた。 そして最後にきんぱつがみえるまえに、リトアニアの世界は明滅する。 喉の奥に何かが入ってきた。 ラトビアの指だった。 おんなの中でうごめくおとこの指のように幼いラトビアの指は動く。 耐えきれずリトアニアのからだからすずらんが溢れ出す。 「鈴蘭には毒があるんですよ。何度も何度も言ってるのに、どうしていつも食べちゃうんですか?美味しいんですか?僕も食べられますか?ねぇ、リトアニアさん……」 やわらかいラトビアの声はもうリトアニアに届いていない。 ぐるぐると回る世界の中、リトアニアの意識は白んでゆく。 「鈴蘭食べたら、僕は貴方と同じになれますか?」 問いかけには誰も答えない。 |