わたしのすべてをあなたにどうか


 夜半に屋敷が静まり返ったのを確認し、リトアニアは窓から飛び出した。
ふわり、と降り積もった雪の上に着地する。
やわらかな雪はクッションになって衝撃を奪い取ってくれるけれど、代わりに膝まで埋もれてしまった。
よいしょと引き抜いてブーツについた雪を払うと、寒さにマフラーを引き上げる。
真っ白な地平線の果て、灰色にけぶる世界を睨んでリトアニアは雪の上を歩いた。







 どす、どす、と響く音でポーランドは目が醒めた。
まだ到底日が昇っているとは思えない。
ポーランドはむっつりと眉間に皺を寄せた。
その間にもどん、どん、と音は規則正しいリズムを刻んでいる。
「こんな夜中に誰なん!」
 苛立ち紛れに呟き、枕もとの水差しを引っつかむと音のする窓へと近づく。
この寒さの中、水をかけられたらどんな人間でも逃げ出すだろう。
暖かい場所に辿りつく前に凍ってしまえばいいとさえ思って勢い良くカーテンを引いた。
けれど窓の外を見た途端、そんな酷いことをする気は立ち消えた。
雪の上に立ち尽くしていたのは、ロシアに連れていかれたはずのリトアニアだった。
「リト!なにしとるん!」
 窓を開けて叫ぶとリトアニアは凍りついたような表情で手を振った。
反対の手に握られていたのは雪の玉。
もしかしなくともポーランドを起こした音は、二階の部屋に向かってリトアニアが試みたノックだったのだ。
「ちょ、待ってろし!」
 ポーランドは慌てて窓を閉めると部屋から飛び出した。
冬の寒さに怯むけれどそれも一瞬のこと、すぐに玄関へと駆けた。
 玄関の扉を開けると冷たい風と共に粉雪が舞い込んでくる。
玄関口に佇んでいたリトアニアの肩や頭には小さな雪片が散っていて、さながら粉砂糖をまぶした焼き菓子のようだった。
「ポーランド、夜中にごめ」
 リトアニアが謝罪を述べ終える前にポーランドはリトアニアの手をぐいと引いた。
たくさんの雪玉を作ったのであろう。
手袋は水に浸したように濡れていて、布団で温まっていたポーランドの指には酷く冷たい。
乱暴に手袋を脱がせると現れた指は真っ赤になっていて、ポーランドは苛立ちに任せ手袋を放り投げた。
もう片方も同じように廊下の奥に放ってしまう。
「ポー…」
「黙っとり」
 ポーランドは冷たい手を離さないまま、足音も荒く寝室へと歩を進める。
もう夜中で家の中も外と変わらないくらいに冷えていたけれど、寝室だけは暖かくしてある。
 ポーランドはリトアニアを振り返らない。
酷く厳しい顔をしている自覚はあったし、今リトアニアを見たらきっと抑えられなくなる。
リトアニアは言われたとおりに黙ったまま、ポーランドの後を付いてゆく。
紫色をしているであろう唇は強くかみ締められて色を失っていたけれど、前を見るポーランドが気付くはずはない。
 寝室に着くとポーランドはまず真っ先にリトアニアの冷え切ったコートを脱がせ、ベッドに腰掛けさせた。
ポーランドの体温が残った上掛けで体を覆い、すぐ傍まで火を持ってきたあと重いブーツを脱がせた。
他人に対してここまで献身的に動いたのは初めてだ。
いつもなら役割が逆であるけれど、リトアニアは何も言わない。
冷えた体を抱きしめるようにして震えるだけだった。
「リト、どうしたん?大丈夫なん?」
 いつまでも押し黙ったままのリトアニアに不安になり、ポーランドは隣に腰掛け長い髪で隠れた顔を覗き込んだ。
横顔を覆う髪を払おうと指を伸ばす。
するとリトアニアが顔を上げた。
酷く思いつめたような顔に名を呼ぼうとしたら、ポーランドの視界がぐるりと反転した。
背がぼすんとベッドに沈み、視界が天井とリトアニアの顔でいっぱいになる。
「リト…?」
 ただならぬ様子に名前を呼ぶけれど、リトアニアは口を噤んだまま、寝巻きの襟元に手をかけた。
「リト、どうしたん、リト……!」
 不安になって何度も呼ぶと、首筋に冷たい唇を押し付けられる。
つま先から頭の天辺まで冷え切っていたのに、肌を撫でる舌は熱い。
急な行為にポーランドは喉を引きつらせるけれど、リトアニアは止めることなく肌を啄ばんだ。
首筋から鎖骨を辿り、肩にちゅっちゅっと吸い付く。
それから二の腕を舐め上げ、舌は肌を滑り乳首から臍、終いには下着越しにポーランド自身に触れた。
「っ!」
 ポーランドの戸惑いをよそに浅ましくも反応していたそれを、リトアニアはゆっくり上下に撫でる。
腰がぞくりと震えた。
ポーランドの反応を目の当たりにしているはずなのにリトアニアの表情は凍り付いたように変わらない。
 何度もさすられるうちにポーランドの股間はすっかり勢いを持ってしまった。
男の体の無常なまでの反応に、ポーランドは内心酷く舌打ちをしたい気分だった。
けれどリトアニアの目を見るとそれすらも忘れる。
 十分なまでにポーランドが反応したことを確認すると、リトアニアは何のためらいも見せずにポーランドのものを口に含んだ。
四つん這いになってもぞもぞ動いていたかと思うと、体制は変えず、器用に自分の下衣をずらして指を這わせる。
肘を突いて少しだけ上体を起こしたポーランドからは、リトアニアの指先が内部へ沈み込むのが良く見えた。
「っはぁ…」
 リトアニアは何度か指をねじ込もうと苦戦していたけれど、体制が危うい上に潤滑剤もなくてままならないようだった。
諦めたのか、咥え込んでいたポーランドのものを根元からべろりと舐め上げ、先端にちゅっと吸い付いてから離れる。
そして上体を起こすと顔にかかった髪を掻き上げ、ポーランドの目をじっと見たままで自らの指をぺろりと舐めた。
 口元を覆うように置いた手の、平と指の付け根にじっくりと唾液をなすりつける。
指と指の間から赤い舌が覗いては隠れる。
ぴちゃぴちゃと響く淫らな音。
やがて舌はそろそろと指そのものに移動し、先ほどポーランドのものを舐め上げたときのように舌が動く。
何度も何度も、十分に潤うまで。
 全ての指が暗闇にてらてらと光るほどになって、ようやくリトアニアは舌を離した。
濡れた手を臀部に滑らせると、奥に息づく場所に指を突き立てる。
「ぐっ……!」
 無理に突き入れたのか、喉の奥から押し殺したうめきが洩れた。
ポーランドの足を跨ぎ、両膝のみで体を支えている体勢ではリトアニアが体の後ろで何をしているのかは杳として知れない。
けれど薄い胸が前に突き出される。
ポーランドからは丸見えになっているリトアニアのものはふるふると震えて勃ち上がり、快楽に腰が揺れる。
片時もポーランドから外さない視線は、一見冷たいものの奥は酷く熱っぽく、どろりとした快楽が渦巻いている。
リトアニアの痴態はポーランドをどうしようもなく惹き付け、体を巡る血液を熱くする。
熱い。燃えてしまいそうなほどに。
「は……」
 短く息を吐いたかと思うと、リトアニアは両手をベッドに突いてのそのそとポーランドの体に乗りあがった。
濡れた瞳が間近に迫り、ポーランドの胸が跳ねる。
 一瞬、柔らかく笑んだ気がした。
「うぁっ…!」
 何の前触れもなく、勃ち上がった自身が締めつけられた。
何が起きたかわからなかったけれど、目の前で苦しそうな顔をするリトアニアを見て中へ無理矢理導かれたのだと悟った。
慣らしはしたもののリトアニアの中は狭くてきつく、挿れる側のポーランドですら苦痛を伴った。
「っリト、無理やし…はよ抜きっ……!」
 ポーランドはリトアニアの肩をぐいぐいと押すけれど、ただでさえ体格差がある上重力までがリトアニアに味方をしてびくともしない。
肩で息をしながら、それでもリトアニアは行為をやめようとはしなかった。
それどころか少しずつ腰を落としてきて、ポーランドの目にはどういうわけだか涙が浮かんだ。
見ればまだ半分ほどしか入っていない。
「なあリト、止めろし、な?」
 ポーランドはなんとか止めようとするけれど、リトアニアは聞く耳を持たず、ぐいと腰を落とした。
「っああ……っ!」
 喉の奥から短い悲鳴が上がった。
弾みでいいところを抉ってしまったのか、途端にリトアニアの四肢から力が抜ける。
重力に従って体が落ち、根元までをずぶりと飲み込まれた。
「っっ……!」
 頤を反らしてリトアニアは声にならない悲鳴をあげる。
一方のポーランドも、激しすぎる締め付けに視界が瞬いた。
既にぐったりとポーランドの腹に伏したリトアニアは、は、は、はひっ、ふぉ、とどうにも落ちつかない、今にも過呼吸状態に陥りそうな呼吸を繰り返している。
相当つらいであろうに、それでもかたくなに行為を進めるリトアニアの愚かさが可哀想で可愛そうで、ポーランドは癖の強い栗毛を優しく撫でた。
しかし。
「!」
 途端にリトアニアが顔を跳ね上げる。
あまりの剣幕に思わず手を引っ込めてから己の無意識を後悔した。
氷のような目をしていたはずのリトアニアは零れ落ちそうなほどに両目を見開いて、そして酷く傷ついたような顔をしていた。
「リト……」
 何がなんだかわからない。
それでも謝ろうと思って、謝らねばならないと思って、ポーランドは手を伸ばす。
けれども今度はその手が届く前に、リトアニアの白い腕にはじかれた。
「あ……」
 瞬間、リトアニアの表情が変わった。
今までのような底知れぬ冷たさを持ったものから、はっきりとした戸惑いと後悔へと。
そういう顔をしているとまるきりポーランドの知っているリトアニアで、いとおしさが込み上げる。
始終追い詰められている様子のリトアニアを少しでも落ちつかせたくて両手を伸ばそうと試みたけれど、今度はそれよりも早く二の腕を抑えつけられた。
「リト!」
 自然間近に迫ったリトアニアの瞳はやっぱり冷めていた。
けれども最初のような、取り付く島もない永久凍土ではない。
解け切ることは許されないのに少しだけ解けてしまう、冬の終わりの雪に似ていた。
「リト……」
「…………」
 何度も名前を呼ぶけれどリトアニアはやはり無言で、何の前触れもなく腰を引いた。
抜け出るぎりぎりまで注意深く引いたと思うと重力に任せて根元まで押し込む。
緩慢な上下動を繰り返されてポーランドは眉根を寄せた。
正直なところ、快感よりも圧迫感や大分治まったにしろ痛みの方が強い。
終始無言ではあるけれどリトアニアも同じであろう。
慣らしていたときには先走りを零し震えていたのに激しい痛みのせいか萎え切っている。
ポーランド以上の痛みを感じているだろうにぎこちない動きでポーランドを高めようとするリトアニアがいじらしくて、ポーランドはなんとか手を動かしてリトアニア自身をきゅっと握った。
「っぁ!」
 喉の奥から零れた悲鳴は明らかに艶を含んでいてポーランドの胸を高鳴らせた。
もっと聞きたいと思い記憶を掘り起こして手を動かす。
分かたれるよりも昔、まだ愛することも性交の意味も知らなかった幼子の頃、収穫前の麦畑で、きのこ狩りをした森で、二人きりの寝室で、誰にも知られずひっそりと触れ合った記憶を。
「っあ、は、ぁぁ…」
 殺しても溢れてしまう声を誤魔化すためか、リトアニアの腰の動きが早まった。
前後に揺するように動かされて先ほどまでとは違う刺激に息が詰まる。
リトアニア自身も快感を覚え始めているのか、内壁が絡み付いてくる。
時折びくびくと体を震わせて声を抑える様は酷く扇情的だ。
「リト、大丈夫やし、リト…」
 抱きつくことも叶わないまま、ポーランドはリトアニアを呼びつづけた。
話をしようとしないで、何を言っても無言のままで、いつもだったらしないような行為を迫ってくるリトアニア。
何があったのか、彼を奪われてしまったポーランドにはわからない。
だからただひとつ、大丈夫だと、安心していいのだと、気休めにしかならない言葉を紡いで名前を呼ぶしかできることはなかった。
 何かに浮かされたように、それでもポーランドを真っ直ぐ見つめながら行為に耽るリトアニアがどうしてもいとおしくて哀れだった。
何があったん、どうしてこんなことするん、ロシアに何かされたん、疑問は尽きないけれど口に出したらリトアニアを深く傷つけてしまう気がしてポーランドは口を噤む。
代わりに夢中で腰を動かすリトアニアの性器をくりくりと弄っていると、不意に手を重ねられた。
動きを封じられる。
 不意を討たれてリトアニアを見ると、口を引き結んだまま首を横に振った。
上体がゆっくりと倒されて耳元へ口を寄せられる。
表情は読めない。
「お願い、一緒に……」
 切羽詰った声で哀願されてポーランドの背は震えた。
その間にもリトアニアは一層激しく腰を使ってポーランドを追い詰める。
「っリト、リト……っ!」
「っっっあぁ!」
 誘い込む中の動きに耐えられずポーランドが達すると、リトアニアも押し殺した悲鳴を上げて精液を吐き出した。







「ん……」
 窓から差し込む日差しでポーランドは目が醒めた。
なかなか気分の良い目覚めで、すぐに上体を起こして伸びをする。
 すると希薄だった意識が少しずつ戻ってきて、ポーランドは顔色を変えた。
「リト!」
 すぐにベッドと着衣を確認するけれど変わったところはない。
ストーブの位置も動いておらず、寝る前と寸分たがわない。
「……夢、なん………?」
 だとしたら妙にリアルで嫌な夢だ。
水差しの室温でぬるまった水よりも、氷のように冷えた水が欲しくてピンクのガウンを羽織るとキッチンへ向かった。
「ほんまに、嫌な夢やったし…」
 室内履きでぺたぺたと歩きながら目元を擦る。
階段を降りて、一階の廊下を真っ直ぐ歩いた。
「んぁ?」
 足の裏に床とは違う感触を覚えてポーランドは怪訝な声を上げる。
見れば黒い物体を踏みつけていた。
何かとしゃがんで拾い上げてみる。
 広げてみるとそれは、ポーランドの手よりもほんの少し大きな手袋だった。
「リト……」
 ポーランドは呆然と呟いた。
夢ではなかった。確かに現実だった。
うまく隠して出ていったつもりだったのだろうが、どこに放られたともわからない手袋までは手が回らなかったのだろう。
隠したつもりの意思表示。
「リト……っ」
 あとからあとから涙が溢れてきて、ポーランドは拾い上げた手袋を握り締めた。
あまりにいろいろな感情が混ざりすぎて涙の理由もわからない。







 かじかんだ手を擦り合わせながら邸宅に入ると、まだ朝も早いというのに人影がホールの真ん中に佇んでいた。
「お帰り、リトアニア」
「…ただいま戻りました、ロシアさん」
 同様を悟られぬよう、極限まで感情を殺して言葉を返す。
ロシアは顔色ひとつ変えずににこにこと微笑むばかりで何を考えているか知れない。
「用事が済んだなら、今夜は僕の部屋においで」
 優しい声音で一方的に言って、ロシアは踵を返して邸内の奥へと歩き始めた。
リトアニアは痛む体を引きずり、思い足取りで後に続く。
痛い。痛い。痛い。痛い。
けれどこの痛みが全てを捧げた証であるのならば、もうなんだってできると本気で思った。
「わかりました、ロシアさん」
 背中に呟いた返事が聞こえているかは危うい。



うちの波立のはじめて話。
一緒にいるときはワルシャワさわりっことかそんなことしかしていなかった感じ。
史実などは限りなくいい加減ですが、なんとなくロシア同化政策あたりをイメージしています。
あくまでイメージ。





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