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最初のうちこそ嫌だと思っていたものの、慣れとは恐ろしいものだ。 女性用のメイド服に身を包んだ自分に違和感を覚えなくなっていたことに気がつきトーリスは少しぞっとした。 今のところこの屋敷にはポーランドとリトアニアしか住んでいないにもかかわらず、雇い主であるはずのポーランドまでなぜか装飾過多なメイド服を着込んでいたりするのですっかり感覚が麻痺していた。 このままではいけないとリトアニアは軽く首を振って鏡の中の自分を見つめた。 「今日こそ、ちゃんと言わないと」 よし、と気合を入れると、丸いメイドキャップのリボンが揺れた。 寝汚いポーランドを起こして身支度を整えさせ、朝食を食べさせ、後片付けも何もかもを済ませた。 それから数部屋をさっと掃除して、ポーランドの部屋部屋を片付けて回る。 広い屋敷の部屋を持て余していたポーランドは、寝室や衣裳部屋などと用途を分けて5部屋ほどを私室として利用していた。 その一つ一つを回って掃除をし、部屋にいるポーランドと言葉を交わすのはリトアニアの常の仕事だった。 けれど今日は一つの決意を固めていた。 曰く、女性用のメイドドレスを着なくて済むように取り合うことだ。 毎朝起きるたびにサイドテーブルにはメイドドレスが置かれており、それを着る以外の選択肢はリトアニアに用意されていない。 まずは寝室に脱ぎ散らかされたパジャマを回収してベッドメイクをする。 衣裳部屋では散乱した服を一つ一つにアイロンを当て、たたみ、ハンガーに掛ける。 ここまでにポーランドはいなかった。 リトアニアは三つ目の部屋をノックした。 内側から気のない返事が聞こえる。 とうとう言わなくては、と胸に手を当て深呼吸した。 「よし」 ひとつうなづいて扉を開く。 「失礼します」 丁寧に頭を下げた後に顔を上げると、ポーランドは大きなソファに寝そべってぺらぺらと本をめくっていた。 彼にしては珍しく、小難しい数学の本だ。 「ポーランド、掃除の前に話があるんだけど」 早まる鼓動を抑えながらリトアニアは努めて落ち着いた声を出す。 「ん〜?」 ポーランドは緩慢な動作で顔をあげて真っすぐにリトアニアを見つめた。 若草色の瞳に射抜かれて胸が高鳴る。 口にしようとした言葉が喉の奥で引っかかって、リトアニアはあ、あ、と口を開閉させた。 「あ、のね……服のこと、なんだけど…」 「服?なんか変?」 ポーランドは身を起こして自分の服をあちこち引っ張った。 今日は女装ではなく、濃いチョコレート色のスラックスに仕立ての良いシャツを合わせ、赤いリボンタイを緩く結んでいる。 外されたボタンからのぞく白い鎖骨がひどく目につく。 「違うよ、ポーランドのじゃなくて俺の服…女性用のじゃない仕事着が欲しいんだけど……」 「なんで?」 「なんで、って……」 心底わからないと言いたげに首をひねられてリトアニアはたじろいだ。 自分の要求は正当なものであるはずだ。 なのに少しだけ揺らいでしまう。 「そりゃ俺も最初はずっと着せようとか思っとらんかったし」 長い前髪をさらりとかき上げながら言われて、リトアニアはまた戸惑ってしまう。 ポーランドは少しだけ困ったような声音でぼそぼそと呟く。 「着せてみたら思ったより似合っとったから……可愛いし」 「え……」 思わぬ言葉にリトアニアは声を失った。 緊張から早まっていた鼓動が今はうるさいくらいで、顔がひどく熱い。 ポーランドは俯いてしまって表情が読めなかったけれど、金糸からのぞく耳は赤かった。 それに気づくとどきんと胸が高鳴って全く動けなくなってしまう。 気づいたら、怒ったようなポーランドの顔がすぐそばまで迫っていた。 知覚して、反応するよりも先に噛みつくようにキスされた。 間近で見たポーランドのまつげは金色で、瞬きしたらふぁさりと音がしそうなほど長い。 どうしようもなく惹かれて、目を閉じるのも忘れて見入った。 ずいぶん長いこと触れ合っていたような気がする。 触れた時と同じくらい唐突に唇は離れてゆき、リトアニアは最後まで自分が目を閉じなかったことに気づいた。 ポーランドは呆けたままのリトアニアを見て、ぎゅっと眉間に皺を寄せた。 「リトが無防備なんが悪いんやし…!」 言い訳のように言ってからまた顔が近付いた。 今度は思わずだったけれどリトアニアも目を閉じる。 腰に手が回され、抱きしめられたと思う前に今度は唇を執拗に舐められる。 驚いて息を飲んだらぬるりと舌が入ってきた。 頭に被ったメイドキャップが落とされ、まとめていた髪がはらりと解かれる。 首筋を撫でる指に背筋が粟立つ。 体を駆ける甘い痺れにリトアニアは少なからず戸惑った。 こんな感覚は知らない。 血液が沸騰したように熱く、膝ががくがくと震える。 「リト……」 唇がほんの少しだけ離されて、そっとささやかれる。肩がびくんと跳ねた。 「好きやし……」 その言葉を言われた瞬間膝がくず折れた。 ポーランドの、華奢なようで意外と力強い腕に支えられて何とか立っていられる。 いっそ心臓が痛い。 突き飛ばして、やめろ変態と罵ってもいいようなことをされたはずなのに全く嫌でないのはなぜだろう。 余裕のないポーランドの目はリトアニアがもっと欲しいと訴えているようで、心が揺さぶられる。 嫌ではない。 ――俺、流されてもいいのかな…… ポーランドにすべてを委ねるように体の力を抜くと、若草色の瞳が見開かれた。 つややかな唇をついばむと、苦しいくらいきつく抱きしめられて、そのままソファに倒れこんだ。 |